東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1215号 判決 1974年10月14日
原告
増田義孝
ほか一名
被告
国際興業株式会社
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一請求の趣旨
一 被告は原告らに対し、各三六一万一七八二円及びうち三二六万一七八二円に対する昭和四八年三月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決を求める。
第三請求の原因
一(事故の発生)
増田進(以下進という)は、次の交通事故によつて死亡した。
(一) 発生時 昭和四七年一一月五日午後五時四〇分頃
(二) 発生地 埼玉県蕨市錦町五丁目一四番三九号先交差点
(三) 被告車 大型自動車(バス)(埼二い三三―七七号)
運転者 成田光造(以下成田という)
(四) 原告車 自動二輪車(品川ま五九―三七号)
運転者 進
被害者 進
(五) 態様 前記交差点を右折中の被告車と直進中の原告車が衝突したもの
(六) 進は同日死亡した。
二(責任原因)
被告は被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
三(損害)
(一) 葬儀関係費 二二万四三八四円
原告らは、進の事故死に伴い葬儀費として二二万四三八四円の出捐を余儀なくされ二分の一宛負担した。
(二) 逸失利益 七二九万五六八一円
(1) 進は死亡により次のとおり七二九万五六八一円の得べかりし利益を喪失した。
(死亡時) 一六才(昭和三一年二月二八日生)、高校生の健康な男子
(稼働可能年数) 四三年
(収益)
年収 六四万五三五〇円
(算出方法 賃金センサス旧中、新高卒一八才から一九才により、昭和四四年から昭和四六年までの値上り差の平均値を出し、これを昭和四六年の賃金に加算して昭和四七年度の旧中、新高卒一八才から一九才の年収を推定する)
(控除すべき生活費) 収入の二分の一
(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。
(2) 原告らは進の相続人の全部であり、親として、それぞれ相続分に応じ二分の一宛進の右賠償請求権を相続した。
(三) 原告らの慰藉料 各二〇〇万円
(四) 損害の填補 五〇〇万六五〇〇円
原告らは自賠責保険から既に五〇〇万六五〇〇円の支払を受け、これを前記損害金の一部に二分の一宛充当した。
(五) 弁護士費用 七〇万円
被告は任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立を委任し、成功報酬として各三五万円を支払うことを約している。
四(結び)
よつて原告らは被告に対し各三六一万一七八二円及びうち弁護士費用を除く各三二六万一七八二円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年三月一日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第四被告の事実主張
一(請求原因に対する認否)
第一、二項は認める。
第三項中、進が昭和三一年二月二八日生、一六才、高校二年生の男子であること、原告らが進の親であること、相続割合が原告ら主張のとおりであること、原告ら主張のとおりの自賠責保険金を受領したことは認め、慰藉料は争い、その余の事実は不知。
二(事故態様に関する主張)
(1) 本件事故現場は国道一七号線上の変則十字型交差点内である。成田は、被告車を国道一七号線上を浦和方面から東京方面に運転して来て、本件交差点手前約五〇メートル付近にあるバス停留所(蕨操車場駅)で乗客を降ろして停つているとき、自車前方の対面信号機別紙図面<乙>の信号が赤色から青色に変わるのを確認した。それから一〇秒位後右バス停を発車し、本件交差点に向け進行し、これを右折しようとしたが、東京方面から浦和方面に走行する対向車があつたため、本件交差点の手前で横断歩道上に運転席が来るような状態で、対向車の通過するのを待つていた(別紙図面<1>の位置)。そのうち前記信号が青色から黄色に変わつたのでギアーをゆつくり入れ、やゝ右折しながら別紙図面<2>の地点まで進行し、対向車の方向を見たところ、同図面の地点(東京寄り横断歩道の手前)に普通乗用車が停止したのを確認した。従つて対向車に対面する信号機(同図面<丙>)及び乙信号機はいずれも赤色を表示していた。
(2) 成田が同図面<2>の地点で及びその直後に乗用車が停まるのを確認したときには、原告車は視界内に見当らなかつた。
(3) 前記のように対向車が停止したので被告車は別紙図面<3>の地点まで進んだところ、同図面の乗用車のすぐ横<イ>点に単車(原告車)のライトを発見した。
(4) その時原告車は時速七〇ないし八〇キロメートルであつた。すなわち原告車は、赤信号を無視して右のような高速度で交差点に進入し右折し終つていた被告車の前部に衝突した。
三(抗弁)
(一) 免責
右のとおりであつて、成田には運転上の過失はなく、事故はひとえに被害者進の過失によるものである。また被告には運行供用者としての過失はなかつたし、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法第三条但書により免責される。
(二) 過失相殺
かりにそうでないとしても事故発生については被害者進の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
(三) 示談成立
原告らと被告代理人矢作兼吉(被告戸田営業所次長。以下矢作という)との間には、昭和四七年一一月一四日左記内容の示談が成立しているから本訴請求は失当である。
(1) 即ち原告らは被告の加入する自動車損害賠償責任保険を使用し、富士火災海上保険株式会社に本人請求し、給付金の範囲内に於て給付金を受領することにより円満和解解決することにし、その他の補償を被告及び、成田に一切求償しないことを約す。なお車両修理代については、原告両名及び被告、成田が各自弁する。
(2) そして原告らは右自賠責保険金を受領していることは、原告らの自陳するところである。
(四) 損害の填補 二万三〇〇〇円
被告は本件事故発生後原告らに対し二万三〇〇〇円を支払つたので、右額は控除さるべきである。
(五) 相殺
被告は本件事故により被告車を損壊され、その修理費として一五万〇八〇〇円の支払を余儀なくされた。被告は進に対し右損害を請求する権利を有するところ、原告らは、進の損害賠償義務を相続したのであるから、右修理費請求権をもつて原告らの本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示を昭和四八年三月二六日の本件口頭弁論期日でした。
第五抗弁事実に対する原告らの認否
(一) 被告の(事故態様に関する主張)(1)のうち本件事故現場は国道一七号線上の変則十字型交差点内であつたことは認め、その余の事実は不知、同(2)は否認、同(3)は不知、同(4)のうち原告車が右国道を被告車と反対方向から進行して来て両車が衝突したことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 被告主張の(抗弁)(一)、(二)は否認する。
(三) 抗弁(三)のうち原告らと被告代理人矢作との間に昭和四七年一一月一四日示談契約が成立したことは認めるが、内容は否認する。
(四) 抗弁(四)のうち香典一万円の支払を認め、その余の事実を否認する。
(五) 抗弁(五)のうち被告に修理代の損害があつたことは不知、その余は争う。
第六再抗弁
仮に示談が成立したとしても次のいずれかの理由により無効である。
(一) 原被告間の昭和四七年一一月一四日付示談契約は被告の詐欺によるものであるから、原告らは本件示談の意思表示を取消す旨の意思表示をした。すなわち当時の被告戸田営業所次長で事故係の矢作外一名が事故後わずか九日目の前記日時に被告代理人として原告ら方に来て原告らに対し、真実は自賠責保険金のみで被告自ら全く出捐する意思がないのにも拘らず、右示談の締結に際し、進の逸失利益、養育費、慰藉料、葬儀費等については自賠責保険金以外にも、被告が責任をもつて賠償するから一応示談してくれと云つて原告らを欺してその旨原告らを誤信させ、示談を成立させた。よつて原告らは昭和四八年一月一六日原告方で被告代理人矢作に対し、右意思表示を取消す旨の意思表示をした。
(二) 仮りに前項の主張が理由がないとしても前記示談契約は要素の錯誤により無効である。
原告らは右示談が自賠責保険金以外にも填補されるものと信じて契約したが、後になつて被告は自賠責保険金以外支払わない趣旨であることが判明した。
従つて原告らの意思表示はその重要な部分に錯誤があり無効である。
(三) 仮りに前項の主張が理由がないとしても右示談契約は公序良俗違反により無効である。
進は高校二年生の前途ある健康な男子であり、死亡による損害は最少限にみても一〇〇〇万円を下らぬことが公知の事実であるのに、わずか半額にもみたない自賠責保険金のみであること、原告らは、事故とは無縁の善良にして平和な家庭の父母として示談の意味を十分理解せず、愛息を失つてわずか九日目で、まだ落着きもなく、正常な判断力を欠いたこと、他方被告は都内近県を初めとして一般乗合旅客自動車業務及びそれに附随する運送業務等を営む我国屈指の大会社であり、事故処理も専門の事故係が担当し、言葉巧みに原告らに示談をすすめ、被告において原告らの無思慮、軽率に乗じてなさしめ、しかも事件に対する真相も不明のままわずか九日目に一方的に自賠責保険金のみで死者の損害を填補せんとするものであり、公序良俗に反する。
第七再抗弁に対する答弁
(一)のうち原告主張の日時に原告ら方に矢作が赴いたことは認める。矢作が原告主張のように云つて、原告らを欺したことは否認し、その余の事実は不知。(二)、(三)は争う。
第八証拠関係〔略〕
理由
第一
一 請求の原因第一、二項は当事者間に争いがない。
(一) そこでまず本件事故態様について検討する。
右争いない事実に、〔証拠略〕を併せ考えると次の事実が認められ、証人成田光造、同菊地清治の証言中右認定に反する部分、右認定に反する原告増田美也子本人尋問の結果は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 本件事故現場は、浦和市方面(北)から戸田市方面(南)に向け走る車道幅員約一一メートルの歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の直線道路(国道一七号線、以下甲道路という)と幅員五メートルの東行道路と幅員約六メートルの西行道路(以下乙道路という)が変則的に交わつて形成される変形交差点内であり(本件事故現場は国道一七号線上の変形交差点内であることは争いがない)、本件事故現場付近の状況と以下の事故の状況はおおむね別紙図面のとおりである。
(2) 甲道路を規制する信号機の表示時間は、赤二七秒(全赤二秒を含む)、青六二秒、黄四秒、交差道路は赤八一秒(全赤二秒を含む)、青八秒、黄四秒である。
本件交差点付近の夜間の照明は、街灯があり、付近にネオン灯もあるので、甲道路上直線約一〇〇メートルまで見とおせる。甲道路の制限時速は五〇キロメートルであり、本件事故時被告車の対向車線上の交通量は多かつた。
(3) 成田は浦和市方面から東京方面に向け被告車を運転して来て、本件交差点の手前約五〇メートルの地点にある蕨操車場停留所で乗客を全部降した。同所で停車中に対面信号(別紙図面<乙>)が赤色から青色に変わるのを認め、それから一〇秒足らずに発車した。成田は本件交差点を右折し、乙道路方向へ進行するため、方向指示器を右に上げ、同交差点に向け進行したが、当時東京方面から浦和方面に進行する対向車が多く、直ちに右折することができず、本件交差点浦和寄りの横断歩道に運転席が位置するような状態(別紙図面<1>の位置)で停車し対向車の途切れるのを待つていた。
そのうち<乙>信号機が青色から黄色に変つたのでギアーをゆつくり入れ、やゝ右折しながら別紙図面<2>の地点まで進行した。その時対向して来た乗用車が交差点反対側横断歩道先地点付近に停止し、更に一台の乗用車が停止したので右折を続け別紙図面<3>の地点に進んだとき、地点のすぐ横にあたる<イ>地点に単車らしいライトを見たのでブレーキをふみ<×>地点に停止したところ、その単車(これが原告車であつた)は停止できず、被告車の右前部に衝突した。
(4) 進は原告車を時速六〇キロメートル以上(それ以上正確な速度はわからない)で運転して本件交差点に差かかつたが、対面信号が赤色を表示していたにも拘らず、そのまゝ進行を続け、折から右折進行中の被告車右前部に衝突した。その際、進としては前方をよく注視していればハンドルを進行方向左に切ることによつて衝突を回避しえたかも知れないが、ハンドルを左に切つた形跡はない。衝突後原告車は被告車直前に倒れ、進は(ロ)地点(衝突地点<×>から約二・六メートルの地点)に倒れた。
以上事故の概況は別紙図面のとおりである。
(二) 前認定の事実をもとにして考えると、成田としては、前認定の状況の下では信号の変り目に車両が進入して来ることを予想して右折進行すべきであり、進行左方の見通しもよく原告車の発見が不可能であつたとは認められないので、左前方注視義務をやゝ欠いていたものと言うべく、成田に過失がある以上運行供用者の地位にあることを争わない被告としては、その余の点につき判断するまでもなく免責される余地なく、原告らに生じた損害を賠償する責任が生じたものと言わなければならない。
(三) 一方進としても前認定の事実によれば赤信号を無視し、高速度で交差点に進入し、かつ前方注視も十分していなかつた過失が認められ、双方の過失の割合は、原告車八、被告車二と認めるのを相当とする。
二 そこで示談の抗弁につき判断する。
昭和四七年一一月一四日、原告らと被告代理人矢作(被告戸田営業所次長)との間に、本件事故に関し示談がなされたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、右示談契約の内容は、被告主張のとおりの趣旨のものであり、その際示談書(〔証拠略〕)が作成されたものであることが認められる。原告増田義孝(第一回)、同増田美也子は、この点につき、被告代理人矢作が、自賠責保険金の外にも葬儀費用、得べかりし利益、慰謝料等について支払うから一応示談してくれと言つたので示談したのであると供述するが、右各供述は〔証拠略〕に照らして信用できない。
〔証拠略〕を併せ考えると原告らは、示談締結に際し、進死亡に伴う総損害額が、どの程度であるか、本件事故については進の過失が甚だ大きく大幅の過失相殺を免れず、その結果賠償額が相当減額されるというようなことについては、正確なことはともかく、大凡のことについての知識は持つていたものと認められ、前認定の本件事故態様、進が一六才であつたこと(この点は当事者間に争いがない)、当裁判所に顕著な当時の一六才男子の死亡に伴う損害額を併せ考えると前記内容の示談契約ができたとしても不自然ではないと考えられる。右認定、判断を覆して原告主張の事実を認めるに足りる証拠は他にない。
三 そこで再抗弁につき判断する。
(一) 原告は本件示談契約は被告の詐欺により意思表示がなされた、或いは意思表示に要素の錯誤があると主張し、これに沿う〔証拠略〕があるけれども、右各供述は〔証拠略〕に照し信用できず、他に右原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
(二) 更に原告は本件示談契約は公序良俗に反すると主張する。しかしながら前認定の本件事故態様を考えるときは、損害の算定につき大幅の過失相殺を免れないから、自賠責保険金額の範囲で示談することは必ずしも不当なものと言えず本件全証拠によるも原告らの無思慮、軽率に乗じて本件示談契約がなされたことその他公序良俗に反することを認めるに足りる証拠はない。
四 そうとすれば、本件示談契約は有効であり、原告らは右示談内容に従い自賠責保険金を既に受領していることは当事者間に争いないのであるからもはや被告に対する何らの請求権も有していないものと言うべく、その余の点につき判断するまでもなく原告らの請求は失当である。
第二 よつて原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤壽一)
別紙 現場見取図
<省略>